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ご飯は砕いて粉状で

米粉パンうめえ…

全員が良かった、自分だけが悪かった話

恋は盲目とはよく言われる話で、何かを好きになると本当に周りが見えなくなります。
これは、例に漏れず周りの見えなくなったオタクが、あるきっかけに目を覚まされた話です。
決して後味のいい文章ではない旨をご了承ください。


まずは、盲目になるまでの過程。私が好きになった作品は、アイドルマスターSideM(以下SideM)というゲーム。ゲームジャンルは「ドラマチックアイドル育成カードゲーム」、早い話が今流行りのアイドルソシャゲです。
私がSideMを好きになったきっかけは、知人の勧めでした。元々は女の子が登場する方のアイドルマスターがなんとなく好きで、ゲームをしたり、動画を見たりしていました。
ある日、「こんなのあるんだよ」と教えられたのが、SideMとの出逢いです。出逢い自体はドラマチックの欠片もありませんが、私がSideMにハマるまでは一瞬でした。


その当時、私は引きこもりでした。
詳細は省きますが、典型的なうつ病です。
誰も自分を認めてくれない、誰も信じられない、何もしたくない。
そんなすり減った精神の私を「プロデューサー」と呼んで、頼りにしてくれるアイドルたちの存在には、光明を見たようでした。
自分は無価値じゃない、誰かの支えになれる、そう錯覚しました。

錯覚です、あくまで。最初は自分でもその自覚がありました。画面の向こうから何と声をかけられ、どんなに希望を感じ取ろうが、結局はフィクションだと、分かっていました。

しかしよくも悪くも、その当時のSideMはあまり大々的に盛り上がってはいなかった。当然アイドルに声はないし、決して王道とは言えないイベントの題材、痒いところに手の届かないゲームシステム。SNSの盛り上がりもごく内輪なものだったと記憶しています。
この「小さな規模の」ゲームをプレイして、課金までしていることで、当時の私は「私がSideMを支えている」という、ひどく傲慢な気分にまで、なっていたのかもしれません。
(今思えば…という話です、当時そこまで付け上がっていたつもりはありません。)

その後SideMのアイドルたちには声がつき、CDも出すようになりました。その曲を引っ提げて、ライブをするまでに至りました。
この頃から、全ての情報を把握しきれなくなってきました。
今思えば、この辺りで、自分の中のSideMと周囲の思うSideMに、ギャップが生まれていたのかもしれません。でも自分の趣味はSideMしかなく、引きこもりだった自分を助けてくれた存在でもあって、やめるにやめられませんでした。あれだけ課金もしたし…という気持ちも、心の底にはあったことでしょう。

やがて自分の担当アイドルにも声がつき、2ndライブの開催が発表されました。

純粋に嬉しかった。「私のアイドルを、大きなステージで歌わせられる!」と思いました。現地のチケットもなんとか取りました。ワクワクした気持ちしかありませんでした。


結論から先に言うと、最高のライブでした。1stから格段に進化した演出、キャスト、それからハコの大きさも。どれもこれもアイドルたちの成長を感じさせてくれる素晴らしいステージでした。
生で見た担当は、大きなステージに堂々と立って、キラキラに輝いていて最高に眩しくて、Pバカですけど、世界一かっこいいと思いました。
それと同時に気付きました。「こんな最高のアイドル、私なんかが育てたはずがない」と。気付いてしまいました。
そりゃそうだ。初めからプロデューサーなんてのは架空の存在で、そのうち一人が欠けたくらいで立ち行かなくなるようなものじゃない。それをまざまざと感じました。
私がSideMに感じた価値であるところの「頼ってもらえる」という部分が、自分の中で大きく崩れました。ていうか元々そんなものはなかった。

売れないバンドがメジャーデビューすると、ファンは「遠くに行っちゃった気がする」って定型文みたいに言うけど、まさにそれだ。当事者になるとマジで笑えない。最初から近くになんていないんだよな。最初から画面の向こうの光の中だ。何を見てたんだ自分は。

そんなことを思ってたらオレンジのおじさんが出てきて、新作アプリにアニメ化に、盛りだくさんの発表をしていった。オレンジの光と、悲鳴に包まれてボーッとしていた覚えがある。いや嘘です。もう記憶なんてないです。でもたぶんボーッとはしていた。

「本格的に置いてかれる」と思ったような気がする。SideMと出逢って、希望を見つけて、引きこもりをやめようが、結局は自分が必要とされない環境が嫌なだけだ。何も成長してない。
「置いてかれる」なんて抜かして、新しい展開に金も落とさないプレイヤーは必要ない。置いてかれて然るべきだ。当たり前だ。

あまりにも最高の、これ以上ないほどのステージだったから、目を覚まされた。私はプロデューサーでもなんでもない。調子に乗った偉そうなクソみてえないきってるファンだ。


結局のところ、私は何の苦労もせず誰かに頼られていたかっただけだ。それを、少し古くから知っていて、少し課金しているというだけで「私が育てた」「だから恩を感じてほしい」と正当化しようとしていたんだろう。舐め腐ってる。痛々しい。自分で自分を殴りたい。早く目を覚ませと言いたい。

でもSideMの他に趣味がないから、今もSideMの曲を聞いている。桜庭さんが力強く「ついてこい」と歌い上げてくれてハッとした。私はいつまでも偉そうな面をして「ついてこい」と言っていたかったんだな。もっと早く気づけばよかった。私はずっと手を引かれる立場だったはずだ。こんなに力強く歌ってくれているのに。いつから聞こえなくなってたんだろうか。


恋は盲目の話に戻る。私が恋したSideMは、私の中にある、出会った頃の、「小さな規模の」SideMだったんだろう。それ以上に育った姿がまるで見えていなかった。見えないようにしていたかもしれない。
盲目の魔法は2ndライブで解けた。一気に、明るい世界にいる、「大きくなった今の」アイドルが見えるようになった。
問題は、恋の方の魔法が解けないことにある。
クッソ~~~~!!!!どうあがいてもSideMが好きだ!!!!!個性豊かで華やかなユニットにそれぞれメッセージ性のある曲を与えやがってチクショーーーー!!!!!!!次へ次へとさらなる高みを目指しやがってコノヤローーーー!!!!!キャスト、スタッフ全員一貫となって夢の向こうを目指すんじゃねえ!!!クソーーー、眩しい!!!!!!!!本当に眩しい!!!!!!!眩しすぎて視界がぼやけてきた!!!!!目から出る汗が止まらない!!!!!!
悔しいけどSideMが大好きだ!!!!!!!!!!!!!!!

クソー、どうあがいても好きだ。自分は必要とされてないのに。それが一番辛いことのはずなのに。自分はプロデューサーなんて呼ばれる資格ないのに。隙間なく全て買い揃えてきたCDの背表紙を見ながら毎夜心を痛めている。チクショウこれが恋かよ。こんなに心が痛むなら次のジャンルでも探してとっとと離れちまいたいぜ。でも全然他が魅力に感じない。SideMだけが輝いてて、他がなんにも魅力的に見えない。


結局盲目じゃねーか!!